29『二人でいち魔導士』



 一つ一つの力が弱くても、それを合わせて強い一つの力となるならそれは一つの力。
 その力を使い、力を尽くして闘う事は決して卑怯ではない。

 それを罵る人はあろう。
 しかし、裏を返せばそれは、合わせた力が強いと認められたという事だ。
 そう思えば周りの罵声も称賛の嵐。
 君達は堂々と、その一つの力を誇ればいい。



「さすがはファルガール先生の後継者」
「なかなかやるね」

 この会話をし、リクに目をやっているのは二人のクリン=クランだった。少なくともリクにはそう見えた。
 彼の前に立つ二人は同じオリーブ色の髪に茶色の目。全体的に細めで、外見、雰囲気、何もかもが柔和な感じの青年。全てがそっくりだったのである。もはやどちらが本物かというのは問題ではない気さえする。
 しかし少し考えると、ある程度状況を理解できた。そして、それによって辻褄の合う事もあった。

「てめーら、元々二人だったのか……!」

 リクがそう言うと、二人のクリン=クランは揃って同じ反応をした。

「「おっ」」
「よく分かったねぇ」
「普通は《現し身》とか疑うものなのに」

 《現し身》は自分そっくりの幻を生み出し、敵を撹乱する魔法だ。並みの腕だと、本人と対称か、もしくは同じ動きしか出来ないが、使い手のレベルが高いと全く別の動きをさせたり、会話したり出来るようになる。

「それも考えたけど、それじゃ、さっきまでの異常に魔法が強かった説明がつかねーんだ。けど、最初から二人で、“二重詠唱”を使った、と考えるなら全部納得が行く」

 “二重詠唱”。それは魔導の技術の一種だ。二人の人間が魔力をシンクロさせ、同時に魔法を詠唱する。すると、一人で唱えた時の効果の二倍では留まらず、三倍、四倍もの効果を期待する事ができる。
 しかしこれはよほど息が合っていないときちんとした相乗効果が得られなくなる上、むしろお互いの魔力が阻害しあって効果は激減する事にもなるのであまり使われる事はない。

「へえ、結構知識もあるみたいだね」
「うん、その通りだよ」

 交互に台詞を言う、同じ顔の二人。外見、内面、全てにおいて彼等二人はそっくり同じ人間らしい。

「ちなみにどっちがクリンで、どっちがクランなんだ?」

 リクの質問に両方が笑った。

「見分けなくてもいいよ、と言うより見分ける方法はないね」
「どっちをどっちの名前で呼んでも間違いじゃないから」
「たまたま二人で生まれたから二つ名前があるだけで、」
「僕らは二人で一つの個体なんだよ」
「「そろそろ行かせてもらおうか。クリン=クランの本気を見せてあげよう」」

 交互に発現して説明し、最後に二人で声をそろえると、クリンとクランは別々のタイミングでリクに向かって走り出す。
 リクも腰を落として戦闘体勢を作る。

 先ずはクリンが魔法の詠唱を始めた。

「突き上がれ! 怒りに震える《大地の拳》!」

 リクのすぐ前の地面が盛り上がり、アッパーカットのように、拳の形をした砂の固まりが、反射的に背を反らして避けたリクの顎先を掠める。
 しかしその次の瞬間、腕のように長く盛り上がった砂の柱の向こうから《雷の槍》が貫かれて来た。
 始めから《大地の拳》は死角を作る為の囮だったのだ。
 意表を突かれたリクはそれをまともに肩に受けてしまった。刺された傷口から全身に電気が走る。

「うあぁっ……!」

 悶絶するリクを、クリン、クランは挟み込むように左右に回る。そして同時に唱えた。

「冷気よ、ここに集いて、我が敵を《貫く氷柱》となれ!」
「大気がその身に熱を宿せば、そこは全てが燃ゆる《熱地獄》!」

 二つの魔法に挟まれたリクは、《貫く氷柱》にその身を引き裂かれ、更に、《熱地獄》によってその傷を焼かれる。彼はほとんど断末魔ともとれる悲鳴を上げた。
 そんな彼に容赦をする事なく、二人は彼の正面に並んで立ち、対称の構えを取った。そして二人は声を揃えてその魔法を詠み上げる。

「「我が魔力よ集まれ、敵を見据えよ、そして喰らわせろ! 瞬く力を敵にぶつける《ぶちかまし》!」」

 途方もなく大きな魔力が二人の掌の前に集まった。二人が全く同じタイミングで、魔力を少し押し出すような動作を取ると、魔力の塊はリクに向かって突進した。

「くっ……! 《瞬く鎧》によりて、この一瞬、我は全てを拒絶する!」

 避ける事は叶わなかったがリクは必死で、《瞬く鎧》を張り《ぶちかまし》に対抗しようとした。しかし、それはいとも簡単に破られ、大して勢いも殺されずにリクを吹き飛ばした。
 リクは丘の麓まで一気に吹き飛ばされ、バトルフィールドを囲う、高く堅い塀に打ち付けられた。

「が…はっ……!」

 その衝撃でリクは一瞬息ができなくなり、思わず膝をつく。

(先ず波状攻撃、当たったら挟み撃ち、締めは“二重詠唱”か……効いたぜ)

 そんなリクを、クリンとクランは見下ろして尋ねた。

「僕達を卑怯者だと思うかい?」
「……?」

 二人が何を言いたいのか分からないリクは、何とか顔だけを二人に向け、眉をしかめてみせる。
 そんなリクを見て二人はにっこりと微笑んだ。

「いいんだよ、僕らを二対一で闘う卑怯者だと嘲笑っても」
「僕ら一人一人は大した事のない魔導士だよ」
「でも僕らは二人で一つの魔導が使える」
「そしてそれは今見せたように、とてつもなく強力なんだ」
「『だったらお前らは二人でいち魔導士としてやってきゃいいじゃねぇか』」
「僕らの力に偶然気がついた時のファルガール先生の言葉だよ」
「そして僕らは今、世界最高峰のファトルエルの決闘大会の大会の優勝候補としてここにいるんだ」
「僕らは二人でいち魔導士」
「嘲笑われようが卑怯呼ばわりされようが、僕らはこの“双魔導”を誇り続けるよ」

 リクがゆっくりと立ち上がった。二人の目を見据えながら、足を引きずって、丘を上がりはじめる。
 クリンとクランは揃って目を見開いた。

「まだ闘う気力があるのかい?」
「信じられないな、僕らの連続攻撃をまともに受けておいて」
「……畳み掛けよう」
「そうだね。彼を甘く見てはいけないな」

 丘を自分達に向かって、のろのろ歩いてくるリクに二人は身構える。

「突き上がれ! 怒りに振る……」
「我は捕らえん、水流にて紡がれる《水の縄》にて!」

 リクの左手から、水色に輝く綱状の魔力が伸びる。《水の綱》はそのまま魔法を唱えようとするクリンの口を覆う。
 先程も《爆発の玉》を絡めとって相手に返す為に使われた《水の綱》は攻撃力がない割にいろいろ使い道のある便利な魔法だ。
 リクは綱を力強く引っ張り、《飛躍》を使って一気に丘の上まで飛んだ。
 そして双児の魔導士が上がってくるのを待った。
 丘の上に姿を現したクリンとクランにリクは血だらけ砂だらけの顔に笑みを浮かべて言った。

「『相手がどんな奴だろうとな、逃げずに立ち向かえば絶対に勝てる』……あんたらの尊敬してるファルガール先生の言葉だ」

 満身創痍の人間が、その傷を付けた無傷の相手に言う台詞ではない。
 しかしあまりにもその姿が堂々としており、二人は冗談として取る事はなかった。ファルガールの言葉だった事もあるだろう。

「言うね」
「じゃ、僕らの最強の魔法に立ち向かってもらおうじゃないか」

 そういうと彼等は独特の構えを取り始めた。クリンは立ち上がって手を天にかざし、クランはしゃがんで手を地面に当てている。
 リクはさっきのように《水の縄》をしかけたりする気はなかった。ここまで動きの鈍った身体では今襲い掛かったとして、二人が魔法を止めて迎え撃つには間に合わない。あっさりと返り討ちにされるだろう。
 彼等に勝つための一撃を与えるには、後の先をとる一か八かのカウンター作戦。相手の魔法は大規模であればあるほど良い。ただ、未知な魔法なだけあって、危険度はこれ以上ないくらいに高い。
 しかしこれしかないのだ。

「天より降るがいい、氷柱に連なりし氷の牙」
「地より湧くがいい、溶岩が波打ちし炎の舌」
「「我らが喚びしは全てをその牙で砕き、その舌で溶かしし《双龍の顎》!」」

 すると、リクのいる上空から、鍾乳洞の天井のように氷柱が林立する天井である。そしてリクの周りの地面より溶岩が湧き出して来た。
 リクは後ろの飛び退こうと後ろを見たが、既にそこには溶岩が回っている。

(逃げ道はなし。障壁で何とかできるほどちゃちい魔法でもねーだろうし、どうすりゃいーんだ?)

 立ち向かうしかなかった。
 しかも負ける訳には行かない。先ほどジェシカに、必ずジルヴァルトを倒すと誓ったばかりだ。そしてここで負ければ彼の夢も終わってしまう。

 元々、これは必要な戦闘ではなかった。
 さっきジェシカと誓った後、彼はコーダに居場所を調べてもらって、まっすぐジルヴァルトにだけ立ち向かえば良かった話なのだ。
 大会優勝候補等と闘って、無駄に魔力を消費する事はなかったのである。

 しかしリクはこの戦いは必要なものだと考えていた。
 ジルヴァルトは既に優勝候補を一人倒し、周りに実力を証明した。リクもジェシカを楽勝で下し、同じ事を証明した。
 だが、彼が倒したジェシカには前評判というものがついていない。あの闘いでの強さの証明は飽くまでもジェシカのみを対象にしたものである。
 初対面の時あっさりと倒されてしまった彼の前に立ちはだかる為には、優勝候補を倒し、同じ実績を上げて、ジェシカ以外のジルヴァルトをはじめとする周りの者にも自分の強さを示しておくほうがいいと思ったのだ。
 言わばこの闘いはジルヴァルトと同じ立場、同じ土俵に上がる為のステップなのだ。

(顎…か)

 既にリクの目の前は天井の氷、足元の溶岩で一杯になっている。
 その魔法が自分の襲うのをまるで傍観者のようにリクは思案顔で、見つめていた。
 そしてキッと前方を睨むと、おもむろに前方に跳んだ。

「ここなら……どーだァッ!!」

 リクが跳んだ前方には氷柱の天井、そして溶岩の海が広がっている。彼はその億に向かって、手を胸の前に持ってくる。

「我は放たん、射られし者を炎に包む《炎の矢》を!」

 紅蓮の光を放つ魔力の矢が《双龍の顎》の喉に当たる部分を直撃する。
 そして穴を開けた。その先には溶岩も氷柱もない。
 リクは必死に身を縮めて、その穴を通り抜けた。
 ごろりと一回転した後に、彼は後ろを振り返る。
 すると逃れられないはずの自分達の魔法から突然飛び出して来たリクを見ていたクリンとクランと目があった。

「ば、」
「馬鹿な……!?」

 その四つの目は驚愕に満ちて見開かれている。

(やった、思った通りだ!)

 リクはこの魔法が本当に一つの顎、つまり口を形成しているのであれば、口に入れたものが必ず通る場所である喉の部分が一番手薄なのではないかと考えた。
 そして形成されているのは頭だけ、食道もなければ胃もない。つまりはそこがこの《双龍の顎》の唯一の突破口だったのである。


 ここから勝負がつくのにはさほど時間は掛からなかった。
 規模の大きな魔法を使い、さらにその魔法を信じきって心身共に隙の出来ていた彼らをリクは《水の縄》で自由を奪い、《雷の槍》と《氷の鎚》で一気に畳み掛けた。

 こうして最後の優勝候補、“双龍”クリン=クランがリク=エールの前に敗れ去り、ファトルエルの決闘大会は大会二日目にして優勝候補が全て倒れてしまうという、始まって以来の異常な展開となったのである。

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